保育から広がる社会の可能性─ こばと会が描く次世代への挑戦
多摩市で50年以上にわたり地域の子どもたちを支えてきた「こばと会」。
その理事長・元井由隆氏は、保育を『子どもだけのもの』と捉えず、親や地域、社会全体に広がる未来の礎と語ります。
事業の展開から教育理念まで、すべてが繋がる想いに迫りました。
事業の広がりと始まり
榎本氏: 事業展開についてお聞かせください。
元井氏: 祖父が昭和46年に多摩市で「こばと第一保育園」を立ち上げたのが始まりです。祖父には第二、第三と広げていく構想があったようですが、私がここに関わるまでは第一園のみでした。私が38歳の頃、あおぞら保育園を受託し、そこから徐々に広がって、現在は保育園が4つ、学童クラブが6つ。さらに子どもの居場所事業や子育て広場も展開しています。不登校やヤングケアラーの子どもたちも朝から利用できる場を設けており、地域の子どもたちの多様なニーズに応える事業を広げているところです。
保育の道を選んだ理由
榎本氏: 非常に幅広いですね。この仕事を継がれたきっかけは何だったのでしょうか?
元井氏: 祖父が倒れて、継ぐ人がいなかったことが大きな理由ですね。当時は迷いもありました。ただ、幼い頃から祖父に特別に可愛がられていたこともあり、心のどこかで「いつかは」と思っていたのだと思います。
科学的知見との出会い

榎本氏: 実際に保育の現場に関わるようになって、どんなことを感じられましたか。
元井氏: 最初は右も左も分からない状態でしたね。転機となったのは、ハンガリーの保育方法を知ったことです。国家政策として子どもの成長を重視していた国で、ピアジェの発達理論など科学的な知見を取り入れていた。当初は「愛情があればいい」と思っていたのですが、実践するうちに「主観の作られ方」がいかに重要かを痛感しました。人間は無意識のうちに自分を形作っている。その成り立ちを理解しないと、本当の意味で子どもを支えられないんです。
榎本氏: 「三日坊主」も肯定的に捉えるというお話をされていましたね。
元井氏: 脳科学的に言えば、新しいことを始めて三日間続けただけでも評価されるべき挑戦なんですよ。習慣化していないことは難しくて当たり前。子どもの行動も同じで、「できないこと」を責めるのではなく、「挑戦したこと」を認める視点が大切だと思います。
エビデンスと現場実践
榎本氏: 保育や教育理念を現場でどう活かしていらっしゃいますか?
元井氏: エビデンスに基づいて理念をつくり、研修で共有しています。例えば、職員が「こんなやり方を試してみたい」と提案したら、まずやってみる。すると子どもに変化が表れ、他の職員も関心を持ち、結果的に共通理解が広がっていく。経験則の違いを超えて共通言語を持つために、エビデンスは非常に重要なんです。
榎本氏: 物語の例えも印象的でした。
元井氏: そうですね。昔話では「優しい母」が亡くなり、「厳しい継母」が登場しますよね。これは0歳児の担任が優しく、1歳で急に厳しい担任に変わるのと同じ。子どもにとって一貫性が大切なのに、それを崩してしまう現場もある。だからこそ、経験則に頼らず科学的根拠をもとに揃えていくことが必要だと思います。
榎本氏: 子育て支援から社会の課題まで、視点がどんどん広がっていますね。
子どもから社会へ広がる視点
元井氏: 保育は子どもだけを対象としたものではなく、親や地域社会とも繋がっています。例えば、育休・産休は企業にとって人手不足につながると考えられがちですが、その期間に学びを得て戻ってくることで、むしろ組織の力になる可能性がある。子育てを「マイナス」ではなく「成長の機会」と社会が捉え直せれば、日本全体の活力にも繋がるはずです。
榎本氏: 子どもを中心に据えることで、大人も社会も変わっていくということですね。
元井氏: そうです。子どもに関わると、自然と「自分をどう活かすか」を考えるようになる。保育の現場での気づきが、やがて職場や地域の関係性の改善にも波及する。全てが繋がっていくんです。
榎本氏: 職員の方々も変化を体感されているんでしょうね。
元井氏: ええ。研修や日々の実践を通じて「普通」という言葉の曖昧さに気づいたり、感情を整理して相手の言い分を尊重できるようになったりします。透明性を持って理由を説明し合うことで、人間関係が整理されて楽になる。これは大人同士にも、子どもとの関わりにも共通する大切な視点だと思います。
未来をつくる教育理念

榎本氏: 社会福祉法人こばと会の事業は、単なる保育園運営にとどまらず、地域や社会全体に影響を与える可能性を秘めていますね。
元井氏: 居場所事業や自然素材を使った施設づくりなども、そうした繋がりの発想から生まれています。結果的に、親子のコミュニケーションの改善や地域の自治にも良い循環が生まれる。子どもを中心に据えることは、社会全体を豊かにすることだと信じています。
榎本氏: 最後に、今後の展望をお聞かせください。
元井氏: まだ道半ばですが、「子どもを中心に社会をどう良くしていくか」を常に考えていきたい。保育や教育は未来をつくる基盤です。子どもの変化に気づき、支えられる大人を増やすこと。それが社会を明るくする最も確かな方法だと思っています。
常に学びを楽しみ、新しい発想を実践へと繋げていく元井氏。その柔軟で前向きな姿勢は職員や地域の人々にも伝わり、子どもを中心にした豊かな循環を生み出しています。こばと会の歩みは、多摩から広がる地域貢献の未来を明るく照らしています。
Pick up:
探究心と温かさで地域を包む元井理事長の挑戦
保育現場に立ち続けながらも、元井氏は学びを怠らない人物だ。心理学や脳科学など多様な分野の知見を吸収し、保育に活かそうとする姿勢は理事長という肩書きを超えて“探究者”そのもの。園児や保護者と向き合うときの穏やかな語り口には、地域全体を包み込むような温かさがにじむ。さらに「ヤングケアラー支援」や「子育て広場」の取り組みからも分かるように、保育を単なる『園内の教育』に留めず、家庭や社会を結ぶ大きな循環へと広げている。元井氏の実践は、多摩という地域に根差しながら、日本の子育て支援の在り方に新しい光を投げかけている。
プロフィール

氏名:元井 由隆(もとい よしたか)
役職:理事長
略歴
大学卒業後に一般企業での勤務を経て、多摩市諏訪で祖父が創設したこばと第一保育園に38歳で帰郷し参画。理事長就任後は園を4園、学童を6拠点へと拡大し、地域に根差した子育て支援を展開している。保育を通じて家庭や地域社会とつながる仕組みづくりを推進し続けている。
法人概要
法人名:社会福祉法人こばと会
所在地:東京都多摩市落合1-5-16
業種分類:医療・福祉
